コロナと暮らし

シンポジウム「コロナと暮らし」9月5日(土)午後1時30分~ホクト文化ホール小ホール

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地域の医療崩壊を起こさないためにも財政支援、誰もが健康で安心して暮らせるように国の責任で医療体制を整えることを強く求めます

医療・介護職場で働く立場から発言します。

 

この地域での感染がそれほど増えなかったのは、みなさんの感染拡大防止に対する心がけの結果だと思います。

東京を中心として感染者数は多くなり、県内でも連日報告されるようになってきており、心配はつきません。

まだまだ先は見えませんが、気を緩めることなく上手にお付き合いしていきましょう。

病院や施設では安心して受診していただけるよう、感染対策等もおこなっています。

 

今回の新型コロナウィルス感染の流行で、医療や介護の体制の薄さがうきぼりになりました。

 

1つ目は、感染を防ぐための物品の不足です。

コロナウィルスの流行期には、マスクや消毒薬が不足していて、使用を制限せざるを得ない状況が続き、私たちはこれで感染が防げるのか本当に不安を抱えながら仕事をしてきました。

現在は、以前に比べれば、安心して使用ができる状況にはなっていますが、十分ではありません。

感染することを防いで、安心してみなさんに病院や介護施設を利用していただきたいのですが、感染を防ぐための物品が不足していては、それをかなえることができません。

安心した環境を当たり前に提供するために、マスクやガウン、消毒薬などの安定した確保を強く求めます。

 

2つ目は、感染症等に対応するためのベッドや人員の不足です。

長野県でも、それぞれの地域で相談をし、受け入れ態勢を整えてきました。

各病院では、発熱者に対応するために別の診察室の用意や、予定していた手術を先送りにする、感染症の疑いや感染症の受け入れのためにベッドを開けておく、などして緊急事態に備えていました。

感染症を受け入れる職場では、職員を独身者や家族の少ない職員に選別し、感染患者が入院となると、携わった職員は、自宅に帰れない、自宅待機する等で感染を広めないような対策もしていました。

また、感染を未然に防ぐためには、手厚い体制が必要です。診察する場所や検査する場所も分けなればなりませんし、重症者への対応も倍以上に人手が必要になります。もともと不足している医療現場に余力はなく、そもそも感染症患者を受け入れるための病床数の確保、人材の配置はまともに整っていません。

いざという時のために対応ができるベットや人員の確保を強く求めます。

 

3つ目は、医療機関や介護施設を支えるためのお金の不足です。

東京女子医科大学の夏季一時金がゼロ、というニュースでみなさんもご存知かもしれませんが、新型コロナウィルス感染症の患者を受け入れたところも、受け入れなかったところも、どこも収入が大きく減少しています。

職員の一時金を減らさざるを得ない、という病院や施設が、私の職場も含めて、全国の私たちの仲間の組合のなかでも3割を超えています。

もともと病院は診療報酬制度で、病院のベッドは9割以上を埋めていかなければ成り立たない仕組みになっています。

感染症患者を受け入れるための空きベッドをつくることや感染拡大防止のためにその他の手術等を延期すること、そもそも外来患者が減ったことなどで大きな減収となっています。

緊急の融資等もありますが、当たり前ですが、融資ですからあとで返さなければいけないお金です。

もともとギリギリのところでやってきていたわけですから、その後も返せるのかわかりません。このままでは経営が行き詰まり、閉院しなければならない医療機関が多く出てくるのではないかと心配です。

第二次補正予算で、医療従事者への慰労金や、感染症受け入れのための空きベットげの補助金が支給されることとなりましたが、この間の大きな減収を穴埋めすることのできる額ではありません。地域を支えている全ての病院、介護事業所への政府による補償を強く求めます。

 

昨年秋に政府が、公立・公的病院の再編統合を発表しましたが、これは直ちに撤回すべきです。

今回の新型コロナウィルス感染症の拡大で、日本の医療・介護体制はどこも不十分で、とても不測の事態に対応できる余裕がないということが明らかにんりました。

普段の診療はもちろん、感染症や災害等にも対応のできる病床や医療従事者の確保等が必要です。

このままではみなさんのいのちを守ることができなくなってしまいます。

地域の医療崩壊を起こさないためにも財政支援、誰もが健康で安心して暮らせるように国の責任で医療体制を整えることを強く求めます。

 

(2020年7月19日、長野駅前での街頭行動で)

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休業補償を受けて、新型コロナを広げないためにパチンコ店を休業するというのが、憲法の要請する社会

※岡田和枝弁護士のコメントです

 

私たちの自由は、「公共の福祉」即ち、他の人の権利とぶつかるときは制限されます。

パチンコ営業は、経営者の営業の自由、利用者の幸福追求権、移動の自由など、憲法上の保障を受けています。

他方で、3密状態を作ることで、新型コロナのクラスター発生のリスクを高めるということは、現時点で科学的に明らかになっていることです。

そうすると、パチンコ店の営業は、特に持病を持った人や高齢者など他の人の命や健康を侵害する可能性があるため、「公共の福祉」により制限されます。

問題は、合法的に経営しているパチンコ店に休業補償を出さないことです。

憲法12条後段には「また、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれおを利用する責任を負う。」とあります。

休業補償を受けて、新型コロナを広げないためにパチンコ店を休業するというのが、憲法の要請する社会であると思います。

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台風19号、コロナ禍と学びの権利(長野市豊野出身の金沢大生、Sさんのメッセージ)

長野市豊野町生まれです。現在は金沢大学に通っています。今回、憲法かえるのやだネット長野さんが街頭活動を行うとのことで、メッセージを送らせていただきます。現在、私は全国的に広がっている学生支援を求める署名活動を金沢大学で行っています。また高等教育無償化プロジェクトFREEにも参加しており、そちらでも活動をしています。長野では、昨年の災害以降、ボランティア団体N-FiRSTに参加してボランティア活動に参加しています。

 

今回、僕は現行の憲法でも十分に保障されていない、平等な教育を受けるという権利について述べさせていただきます。そもそも日本国憲法第26条によって教育の権利は保障されています。また日本国憲法第14条よって平等権も保障されています。

 

しかし、現実では経済的理由によって大学に進学できない人や大学に進学しても経済的理由で退学をせざるをえない人がいます。毎年10,000人の学生が経済的な理由で大学を退学しています。最近では新型コロナウィルス感染症による学生生活への影響が様々なメディアで報道されています。例えば、アルバイト収入によって学費や生活費を賄っていた学生が、このコロナ騒ぎによってアルバイトがなくなり、生活ができなくなり、大学を辞めざるを得ないなどといったことです。4月に発表されたFREEの調査では、5人に1人の学生が大学を辞めることを検討していると回答しました。このような現状が生まれているなかで、果たして教育の機会均等が保障されていると言えるのでしょうか?

 

そもそもこの問題は今に始まったことではなく、従来からあった問題です。それがこの全国的な疫病災害である新型コロナウィルス感染症の感染拡大によって顕在化したに過ぎないのです。これまでの制度においても、災害によって学びをあきらめざるを得ないと言う学生が生まれる可能性が十分にありました。従来の支援制度では、家屋災害に限定した支援のみが行われており、今回のように間接的な経済被害に関しては支援されていませんでした。つまり災害によって学びの権利が簡単に失われてしまう状況が今までもあったのです。

 

このように簡単に学ぶ権利が失われてしまうのは教育が商品であるからに他なりません。多くの人々にとって、もちろん僕自身にとっても、小学生の頃から教育に関する費用を支払うことで教育に対する消費者マインドが身に付いてしまっていると考えています。お金を払った対価としての教育、果たしてそれは権利であると言えるのでしょうか?お金を払えなければ教育を受けられない、これはお金を払えないから車を買えないといったような、購買行動となんら変わりありません。このことは、大学などの高等教育機関に限らず、高校や中学校、小学校にも言えることです。一例として修学旅行があります。修学旅行は学習が目的とされている一方で、それにかかる費用は各家庭が負担しています。特に小・中学校は義務教育過程であり、教育費はかからないとされているのに、修学旅行のためにお金を支払わなければならないというのは、果たして憲法が規定する義務教育の無償を達成していると言えるのでしょうか。

 

こういったことを主張すると「教育費は受益者が負担する」と指摘されます。このような指摘をしてくる方は、大抵、教育の受益者は学習者本人であると捉えています。しかし教育の受益者とは果たして学習者本人だけなのでしょうか?学習指導要領に記載されている中央教育審議会答申では、「より良い学校教育を通じてより良い社会を創る」とあります。すなわち、教育の受益者とは学習者本人だけではなく、社会も含まれます。受益者負担の考え方に基づくのであれば、小・中学校の修学旅行にかかる費用やその他給食費など費用、また進学の際の受験料なども社会が負担するべきなのではないでしょうか?受験に限らず、高校・高等教育機関で必要な授業料についても社会が負担するべきではないのでしょうか?

 

そもそも日本は災害大国です。いつ大きな災害に見舞われるか分かりません。災害によって学びの権利が左右されないようにするためには、教育費は社会が、国が負担する必要があります。日本の教育費のうち、家庭負担が占める割合は6割を超えています。これはOECD諸国の中でもトップレベルで高い比です。日本のように災害が多発する国において、教育費の家庭負担が多いと学びが失われてしまう可能性も高いといえます。災害に備えるという意味においても、教育費の家庭負担をなくし、無償にする事は必要な政策だと僕は考えます。

 

このような不十分な環境の中で、日本国憲法を改憲するということに僕は強く反対します。現行の憲法下において規定されている権利でさえも保障されていない中で、憲法を変える事はとてもリスキーであり、それこそ萩生田文科大臣が署名活動を行なっている学生に対して言い放った言葉、「順番が違う」と言えます。このような状況下で憲法を変えようと言っている方には「目を覚ましていただいて」、まずは現状抱えている問題を十分にクリアしていくことに集中して欲しいです。

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全国一斉休校、安倍首相の鶴の一声で子どもの普通教育を受ける権利が制限された

3月19日、長野市トイーゴ前で読み上げました
3月19日、長野市トイーゴ前で読み上げました

※岡田和枝弁護士からのメールです

 

マスコミ報道は、共働きの家などで、子どもをみれなくなることの不都合さを取り上げています。

この不都合さがあることは、私は身をもって実感しています。

しかし、そもそも、学校は、共働きの家のために子どもの面倒をみるところではありません。

子どもの普通教育を受ける権利を保障する場です。

 

今回、安倍首相の鶴の一声で、子どもの普通教育を受ける権利は制限されました。

憲法上の権利が「国民の命を守るため」という理由で、簡単に制限されることはあまりに恐ろしいことだと私は思います。

緊急事態条項が憲法に書き加えられたら、こういう世の中になるんだなと、私は背筋が凍る思いです。

 

国民が自分の権利を制限されながら、それを簡単に許してしまえば、そのうち、次のようなことも起こりえます。

「国民の命を守るため集会は開かないで下さい。」「国民の命を守るためデモは行わないでください。」

「国民の命を守るため宗教活動は自制してください。」「国民の命を守るため学会は開かないでください。」

 

「国民の命を守ることに資する研究以外はしないでください。」

 

集会やデモを自制するように安倍さんが要請することだって、今回と同じ理屈で可能なのです。

あくまで要請です、自治体が自主的に判断して下さいと良い通、一斉に自治体が公民館の使用許可を取り消したらどうなるでしょうか。

私たちは、もっと権利侵害に対し、敏感にならなければいけないと思います。

 

緊急事態条項が憲法上に書き加えられ、緊急事態が宣言されると、国民の人権は停止できます。

そうなれば、コロナウィルスや地震などを理由に、「国民の命を守るために集会は禁止」「国民の命を守るために学校は休校」と命令することも可能になるのです。

私は、今回の休校要請は、人権がいとも簡単に制限された前例を作ってしまったと思います。決して許してはいけないことです。

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