「きけわだつみのこえ」の「所感」を書き残し、特攻隊員として亡くなった上原良司さんの妹の清子さんにお話を聞きました(安保関連法に反対するママの会信州・千曲の母ちゃん)

先日、「きけわだつみのこえ」の「所感」を書き残し、特攻隊員として亡くなった上原良司さんの妹の清子さんにお会いしました。

いつしか戦争が生活に入り込み、男の人が戦場へ行くことは当たり前になり、大切な夫や息子にいやだ、いかないでと声に出すことも、そう思うことさえも禁じられた母親を想うと胸がしめつけられます。

 

良司さんが家族へ別れを告げた乳房橋へも行きました。川の水は青く透き通り、その背景にある有明山や連なる山々。ここから見た景色は70年前も同じだったはずです。

自分は靖国にはいかない、天国へいくよと言葉を残し、どんな想いで橋から家族へさよならと叫んだのでしょうか。自らが自らの手で死に向かうことを分かって見た故郷の最後の景色、そこに自分が立ち、思いを馳せると涙があふれました。贅沢ではない、けれど家族の笑顔があり自然に囲まれた暮らしの中に入り込んだ戦争。おおいぬのふぐりも、はるじおんもあの頃も同じように春になれば咲いていたのです。

 

今、日本は大きな分かれ道に立っていることを知ってください。知らなければならないと私は思うのです。あの時代、声を上げることなく我が子を戦争で失った母親の心の傷を、もう二度と私たちの誰の母親も背負ってはいけないのです。だから私たちは声をあげます。