やだネット長野

長野市19アクション #学術会議への政治介入に抗議する

菅政権が発足して一ヶ月となりました。菅義偉新首相の強権的で危険な姿が浮きぼりになっています。

 

日本学術会議の人事に対して菅首相が介入し、新会員候補105人のうち6人の任命を拒否した事態は、大きな問題に発展しています。学術会議が推薦した候補が任命されなかったことは過去に例がなく、今回の任命拒否は憲法23条の「学問の自由」を脅かし、日本学術会議法にも反する、憲法違反、法律違反の暴挙です。これは、任命拒否された6名だけの問題ではなく、日本学術会議全体の問題であるとともに、学問の自由と国民の権利の侵害であり、すべての国民にとっての重大問題です。

任命拒否された6人は、特定秘密保護法や安全保障法制、共謀罪法をめぐって安倍政権を批判してきた経緯があります。政治判断での任命拒否は、学問の自由を侵し、思想や言論の統制につながる危うさをはらみ、異論を徹底して排除する菅政権の強権体質の現れです。

 

学問研究が権力の干渉や弾圧にさらされ、ゆがめられた歴史を繰り返すわけにはいきません。憲法が21条「表現の自由」や19条「思想・良心の自由」とは別に条文を置き、学問の自由を保障している意味もそこにあります。

学問の自由、表現の自由、思想・良心の自由を守る手段として考え出されたのが「大学の自治」です。学問研究の場として大学というコミュニティーが果たしてきた役割を踏まえ、学長や教授らの人事は大学に委ねるという考え方です。日本学術会議は、大学と同じように学者集団でつくるコミュニティーで、大学よりも広い範囲で「学術の進歩に寄与する」場として想定されています。今回のような、とりわけ理由を明らかにしない会員の任命拒否は、日本学術会議の自律性の否定にあたり、政治介入そのものです。「学問の自由」の精神とはおよそ相いれません。

 

学術会議は戦後の1949年、戦前の学術研究会議を改組する形で発足しました。戦時下に学問研究が厳しく統制、弾圧され、科学が戦争に動員された反省を踏まえ、政府から独立した立場で政策や学術研究に関わる提言をしてきました。

日本学術会議は、国内の研究者を代表する機関として政治権力からの独立が何より重んじられなければなりません。政府が任命権限や監督権を振りかざして介入することは認められません。

 

菅政権は、安倍政権以来、官房長官として内閣人事局を通じての官僚支配や様々な脅しを通じてのマスコミ統制に続き、総理になったら学術会議も政府の意のまましてしまおうというのでしょうか。

菅政権は、学術会議を「行政改革」の対象にすると言い始めていますが、これは卑劣な論点そらしであり、恫喝です

 

政府の強権的な任命拒否に強く抗議します。菅首相の任命拒否の真相の説明と任命を拒否した会員候補6氏全員の任命を求めます。

 

2020年10月19日 憲法かえるのやだネット長野、信州レッドアクション、ママは戦争しないと決めた実行委員会

続きを読む

コロナ禍のなか、冊子づくりをすすめています その意義を世界と日本の事例から考える(コロナと暮らし実行委員会)

20日、コロナと暮らし実行委員会(実行委員長・岡田和枝弁護士)を行いました。

 

コロナ禍のなか、生活者として、自分自身の生活や、そのなかで見たり、聞いたり、感じたり、考えたりしたことを、事実に即して具体的に自分自身のことばで表現した文章を集め、冊子にする作業をすすめています。

 

冊子をつくる意義を世界と日本の事例から深めました。

 

チリのアルピジェラ。アップリケのタペストリーです。もとはチリ沿岸部イスラ・ネグラ地域の伝統手芸。1973年以降、ピノチェトによる新自由主義・軍事独裁下、政治弾圧で家族を失ったり、貧困に苦しむ女性たちがアルピジェラを用いて自分たちの日常生活を表現し、人権侵害に抵抗するネットワークを形作っていきました。

 

日本の「生活綴方」。生活者としての子どもや青年が、自分自身の生活や、そのなかで見たり、聞いたり、感じたり、考えたりしたことを、事実に即して具体的に自分自身のことばで文章に表現すること、またはそのようにして生み出された作品です。生活綴方運動は、〔1〕日本の風土から生まれた土着の教育思想、方法であり、〔2〕公権力の教育支配に対抗する下からの教育として、〔3〕子どもの実感や要求を出発点とし、生活者としての現実認識を育てようとする教育としてとらえることができます。日本近代教育史上、重要な意義をもつ運動で、学校の外での成人や青年の運動にまで発展しました。

続きを読む

「憲法13条を読み直す」

“市民の間で憲法を学び直す動きが出てきた。長野市の田沢洋子さん(59)もそうだ。4年前の福島原発事故が政治への目を開かせた。特定秘密保護法の整備を安倍政権が強引に進めたことで、政治不信は深まった。思いを同じくする人たちと「秘密保護法やだネット長野」を結成、今年2月には「憲法かえるのやだネット」に名前を変えた。

 

収束の見通しが立たない原発事故、沖縄の基地問題、秘密法、新たな安保法制の整備…。田沢さんらは個人の権利が踏みにじられ、空文化していく恐れがあることに危機感を抱いている。

 

国民の権利を保障する憲法を政府や国会などに守らせる運動へと幅を広げるために、会の名前を変えたという。田沢さんは「13条に照らし、暮らしや社会がどうなっているか、点検することが大切だと思う」と話した。

 

 「国のかたち」を選び、決めるのは主権者の国民であることを忘れてはならない。それができるのも、個人の権利がきちんと守られてこそだ。そんな思いで13条を読み直したい”

(信濃毎日新聞2015年4月12日社説より)


やだネコプラカード・ダウンロード

続きを読む

対話を重ねて「良心の自由」を育てる

「私はこう思う、あなたはどうですか?」という角度を大切にして取り組んでいる学習会は、2018年9月には、長野県を越えて岐阜県多治見市でもおこなわれました。根底にある問題意識は、以前、信濃毎日新聞に取材を受けて論説で紹介された「対話を重ねて『良心』の自由を育む」ということです。世界の多くで当たり前の自由なのですが、日本では憲法でわざわざ定められている「思想・良心の自由(内心の自由)」。現代の日本社会においても侵されやすいものとして見るべきだと思います。自分が、いい、やりたい、と思ったことは、縛られず、忖度もせず、のびのびと考えていいのです。

続きを読む

「戦争をなくすために必要なこと」(元戦場カメラマン・石川文洋さん)

 人間というのは、月や宇宙にも行くし、深海にも行ったりするというすぐれたところもあるのに、過去の戦争の教訓を生かせない、愚かな点もあると思っています。

 

かつて日本の戦争が終わったときに、あれだけ「戦争はしない」と憲法九条をつくって、私も終戦のとき、小学校二年でしたが、本当に戦争というものは絶対にダメだと思いました。それが今、政府の人もそうだけど、一般の人も戦争からかなり離れてますよね。戦後直後のように、「戦争は絶対にイヤだ」とはなっていない。口ではそう言っていても、行動として、選挙で戦争をする国をつくろうとする人たちを選んでいる。それは戦争の教訓を生かしきれていないからだと思います。これは日本人だけでなくて、世界でもそうだと思います。

 

ベトナム戦争について、米国防長官だったマクナマラ氏が回顧録で、なぜアメリカが敗北したかを分析し、ベトナムの文化や民族を理解できなかったことだと書いていますが、私は戦争というものは相手を理解しないというところが大きな原因になっているというように思います。

日本の戦時中、私は沖縄人でありながら、朝鮮人を差別したり、アメリカ人については「鬼畜米英」と赤い顔してツノが生えたポスター、今でも私、覚えていますよ。そういう相手を理解していないことが戦争につながる。ベトナム戦争のときでも、アメリカ人はベトナム人は人間より落ちる土人、目がつりあがってですね、もう人間を人間として思わないで相手を殺していく。

戦争をなくすためには相手の国の一人ひとりの人間にはそれぞれの人生があるんだと、一人ひとりの人間を理解していくことです。軍事力では解決できません。軍隊は抑止力にならない、戦争をなくすためには地球上から軍隊をなくすことだと、軍隊がある以上戦争は起こるというように思っています。

 

私は日本の戦争がどういったものであったかを学びなおすことが大切だと思っています。そして私は、一人ひとりの人間の善意というものは信じています。そこに私は希望をもちます。この講演会に参加している人たちは戦争に反対してくれています、日本にも戦争に反対している人はたくさんいます。心強く思います。そういう人たちが広がって戦争はなくなる方向にすすんでいく、そう信じています。 

【信州・安曇野】「靖国には行かない」と特攻に散った上原良司が家族に別れを告げた場所で、私たちが感じたこと

安曇野の乳房川
安曇野の乳房川

特攻隊員・上原良司の妹、清子さんに聞き取りをしました。良司も清子さんも大好きだった安曇野の乳房川へ。ここは良司が故郷を離れるときに三度も「さようなら」と言って別れを告げた場所。

 

3人のお兄さんを戦争で亡くした清子さん。

───あの戦争はどうして始まったんでしょうね。

・・・・すみません。

・・・・皆さんは歴史に学び、自分の考えをしっかりもってください。 

 

※上原清子さんは、2018年9月にお亡くなりになりました。93歳でした。ご冥福をお祈りします。

続きを読む 2 コメント

山本慈昭さんの精神を受け継ごう(映画「望郷の鐘」原作・和田登さん)

毎月19日の長野市のアクション、2016年8月19日は映画「望郷の鐘」原作者の和田登さん(長野市在住)から「山本慈昭さんの精神を受け継ごう」というメッセージをいただきました。映画「望郷の鐘」の主人公の山本慈昭さんは、長野県下伊那郡阿智村の出身。みずからも満州で過酷な体験にあいながらも、生涯を中国残留孤児たちの肉親探しにささげ、献身的な愛で支えました。

続きを読む 0 コメント

松代大本営地下壕と説明板(案内板)の問題について

 松代大本営は、アジア・太平洋戦争末期の1944年夏に、「本土決戦」を叫ぶ旧日本軍が最後の拠点として、東京から現・長野市松代町に、大本営、政府各省等を極秘のうちに移転することが計画され、建設が行われた地下軍事施設群です。

 松代は海岸線から遠く、岩盤が堅いなどの理由で選ばれたとされています。象山、舞鶴山、皆神山一帯に独立した地下壕が掘られ、象山(イ地区)には政府、日本放送協会、中央電話局を、舞鶴山(ロ地区)には天皇御座所、大本営、宮内省関係を、皆神山(ハ地区)には食料庫を予定。壕の総延長は10キロを越え、終戦時には80%以上ができていました。

 工事は鹿島組と西松組が請け負い、主に朝鮮人労働者が従事。その数は強制連行と自主渡航による7千人前後と推定されていますが、工事犠牲者の数や実態は明らかになっていません。日本人も国家総動員法に基づき勤労動員されました。学徒勤労動員もありました。

 

児童文学作家の和田登さんは、長野市民新聞2014年8月26日付で次のように書きました。

“この工事の本質は、その工事主任であった吉田栄一大尉が憲兵の一員に告げた言葉「労務者は機械だ。あなたがたは人間だ。人間は口をきく。だから話せない」と、憲兵にさえ何の工事か明かさなかった言い方に表れている。人権を無視した労働だった”

“朝鮮本土で日本軍の収奪にあい、やむなく日本に渡航し、ここで働かざるを得なくなった人々を自主渡航組とよぶが、いったんこの工事に組み込まれると『連行組』同様、生きるか死ぬかの強制労働だった…ここに到着した形が強制的か自主かにとらわれると本質を見失う” 

続きを読む