【信州・安曇野】「靖国には行かない」と特攻に散った上原良司が家族に別れを告げた場所で、私たちが感じたこと

安曇野の乳房川

特攻隊員・上原良司の妹、清子さんに聞き取りをしました。良司も清子さんも大好きだった安曇野の乳房川へ。ここは良司が故郷を離れるときに三度も「さようなら」と言って別れを告げた場所。

 

3人のお兄さんを戦争で亡くした清子さん。

───あの戦争はどうして始まったんでしょうね。

・・・・すみません。

・・・・皆さんは歴史に学び、自分の考えをしっかりもってください。 

上原良司が遺書にしるした石川啄木の短歌

ふるさとの 山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな

 

かにかくに 有明村(※)は 恋しかりけり おもいでの山 おもいでの川

※石川啄木の歌は「渋民村」。上原良司は自分の故郷の「有明村」に言いかえている 

先日、「きけわだつみのこえ」の「所感」を書き残し、特攻隊員として亡くなった上原良司さんの妹の清子さんにお会いしました。

いつしか戦争が生活に入り込み、男の人が戦場へ行くことは当たり前になり、大切な夫や息子にいやだ、いかないでと声に出すことも、そう思うことさえも禁じられた母親を想うと胸がしめつけられます。

 

良司さんが家族へ別れを告げた乳房橋へも行きました。川の水は青く透き通り、その背景にある有明山や連なる山々。ここから見た景色は70年前も同じだったはずです。

自分は靖国にはいかない、天国へいくよと言葉を残し、どんな想いで橋から家族へさよならと叫んだのでしょうか。自らが自らの手で死に向かうことを分かって 見た故郷の最後の景色、そこに自分が立ち、思いを馳せると涙があふれました。贅沢ではない、けれど家族の笑顔があり自然に囲まれた暮らしの中に入り込んだ 戦争。おおいぬのふぐりも、はるじおんもあの頃も同じように春になれば咲いていたのです。

 

今、日本は大きな分かれ道に立っていることを知ってください。知らなければならないと私は思うのです。あの時代、声を上げることなく我が子を戦争で失った母親の心の傷を、もう二度と私たちの誰の母親も背負ってはいけないのです。だから私たちは声をあげます。

憲法9条で戦争の本当の終わりを感じることのできた人々の想いを。その条文を。戦争の実態とともに残し、守るのは私達です

「所感」(「きけわだつみのこえ)より引用)

 栄光有る祖国日本の代表的攻撃隊ともいうべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ、身の光栄これに過ぐるものなきを痛感いたしております。

 

 思えば長き学生時代を通じて得た、信念とも申すべき理論万能の道理から考えた場合、これはあるいは、自由主義者と言われるかも知れませんが、自由の勝利は明白の事だと思います。人間の本性たる自由を滅ぼす事は絶対に出来なく、例えそれが抑えられているがごとく見えても、底においては常に闘いつつ最後には必ず勝つということは、彼のイタリアのクローチェも言っているごとく真理であると考えます。

 

 権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも、必ずや最後に敗れることは明白な事実です。我々はその審理を今次世界大戦の枢軸国家において見ることが出来ると思います。ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツはまた、既に敗れ、今は権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく、次から次へと滅亡しつつあります。

 

 真理の普遍さは今、現実によって証明されつつ、過去において歴史が示した如く、未来永久に自由の偉大さを証明して行くと思われます。自己の信念の正しかったこと、この事はあるいは祖国にとって恐るべき事であるかも知れませんが、吾人にとっては嬉しい限りです。現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。既に思想によって、その闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。

 

 愛する祖国日本をして、かつての大英帝国のごとき大帝国たらしめんとする私の野望はついに空しくなりました。真に日本を愛する者をして立たしめたなら、日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。世界どこにおいても方で風を切って歩く日本人、これが私が夢見た理想でした。

 

 特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人が言ったことは確かです。操縦桿を採る器械、人格もなく感情もなく、もちろん理性もなく、ただ敵の航空母艦に向って吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬのです。理性を持って考えたなら実に考えられぬ事で、強いて考うれば、彼らの言うごとく自殺者とでも言いましょうか。精神の国、日本においてのみ見られる事だと思います。一器械である吾人は何も言う権利もありませんが、ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を、国民の方々にお願いするのみです。

 

 こんな精神状態で征ったなら、もちろん死んでも何にもならないかも知れません。故に最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれたことを光栄に思っている次第です。 

 

 飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、そこには感情もあり、熱情も動きます。

 

 愛する恋人に死なれたとき、自分も一緒に精神的には死んでおりました。天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。

 

 明日は出撃です。

 

 勿論発表すべきことではありませんでしたが、偽らぬ心境は以上述べたごとくです。なにも系統だてず、思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。

 

 明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後ろ姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。

 

 言いたいことだけを言いました。無礼をお許し下さい。ではこの辺で。

 

 出撃の前夜記す

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コメント: 1
  • #1

    黒澤多佳子 (木曜日, 23 3月 2017 23:01)

    このような記事を載せていただき、ありがとうございました。
    知っているようで知らないことでした。
    直に読むことは、強い共感につながりました。
    無関心な人達が少しでも関心を寄せられるよう、発信の工夫をこれからもお願いいたします。
    私も自分にできること、シェアすることくらいしかありませんが、伝えて行きたいと思います。
    ありがとうございました。