「戦場行くな!選挙に行こう」ー毎月19日の安保法反対スタンディング。子育てママ、若者、女性がスピーチしました。
私の祖母の姉は、満蒙開拓で満州に渡り集団自決をしました。
山国である長野県は国策の満州国建設の為、全国でも群を抜いて3万4千人余りの県民が村を上げて開拓団として、満州に渡りました。満州にいけば幸せになれると思い、それが侵略ということも知らず、当時の政府によって、国民は騙されたのです。
大陸に渡って初めて、聞いていた話と違う事に気が付いても、もう時は遅く、関東軍は日本が戦争に負けそうだと分かると、開拓団を置き去りにしました。終戦の事実も知らせる事はありませんでした。政府と軍隊は自国民さえも、守ろうとしませんでした。ソ連軍がせまるなか、 「生きて虜囚の辱めを受けず」と、生きる事さえ許されず、集団自決を余儀なくされました。自らの手で幼い子どもを殺さなければなりませんでした。そんな事がそこら中で起きていたのです。何とか帰って来る事ができても、その事実を口にする事はできなかった人がたくさんいる事を、私は知りました。
私が小学生だった当時、先生がおばあちゃんの戦争体験の話をテープに録音させてもらって、私達に聞かせてくれました。先日、その先生に偶然お会いしました。そのおばあちゃんは、録音テープを止めてから、実はもう一人赤ん坊がいた話をしてくれたそうです。 小学生の私達に聞かせるには、残酷過ぎるとテープには残せなかったと聞きました。
安倍政権が安保法という名の戦争法を押し通した事は、あの戦争の事実を忘れる事、あの戦争を無かった事にする事だと思います。
戦争法を廃止にしたい、私は母親として、諦める事はできません。
(ママは戦争しないと決めた実行委員会@長野・のりこ)
長野県中野市・東山公園の「高社郷開拓団」の慰霊塔
「終戦も信じられず集団自決した六百余名の霊を慰めんとしてこの碑を建立す」。長野県中野市・東山公園の「高社郷開拓団」の慰霊塔。「幸せになれる」という国策のもとで渡った満州でのソ連侵攻。関東軍は団をソ連軍の盾として見捨て、逃走したのでした。軍隊にも国にも見捨てられた高社郷開拓団は、親が自分の子を殺し、大人同士で殺し合う集団自決に追い込まれました。「軍隊は民間人を守らない」ということは、沖縄戦、そしてこの満蒙開拓団の歴史が伝えています。
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